研究の動機
小学5年生の時に金沢大学ジュニアドクター育成塾に参加し、「音速」の実験をしたことで「音」への興味がわいた。ちょうどそのころ、円形で真ん中に穴が開いたお菓子の「ラムネ笛」は、誰が吹いても同じ音に聞こえることに気がついた。単純な作りをしたラムネ笛でも穴の大きさや数、材質などを変えることで、新しい笛を作ることができるのではないかと考えるようになった。
2022年までの研究結果
➀吹き込む息の強さ、②穴の大きさ、③笛の空洞の幅、④笛の空洞の大きさ、⑤穴の開いた板の材質、⑥穴の開いた板の厚み(同じ、または異なる板厚の組み合わせ)の6つの要素で、ラムネ笛から鳴る音がどう変わるのか、実験で確認した。その結果、吹き込む息に対する音の変化に最も影響を与えるのは④空洞の大きさ、周波数の変化域に最も影響を与えるのは⑥板の厚みだった。
また、ラムネ笛の音が安定する要因は⑦吹き込み口の形と、⑧空洞の形にあるのではないかと考えた。3Dプリンタで作った笛で確かめたが、⑦吹き込み口の形は高風速域で風速(吹き込む息の強さ)の変化から起こる、音の周波数の変化を緩やかにする効果があった。⑧空洞の形は④空洞の大きさを変化させた時と同じ特性が見られ、空洞の体積が音に影響を与えていると考えられた。
ラムネ笛の音がなぜ安定するのか、その要因をつかむことはできなかったが、ラムネ笛の特性に近い笛を作っても新しい楽器とはいえないため、今回は「新しい楽器製作に向けた要素の検討とイメージの確立」「ラムネ笛から鳴る音の原理の探究」を研究方針とした。
新しい楽器製作に向けた検討
ソプラノリコーダーの音を分析
新しい楽器製作に向け、ソプラノリコーダーの音を調べることにした。ソプラノリコーダーを選んだ理由は、吹き込む息の強さをさほど調整しなくても、指で穴をふさぐだけで目的の音が出せる楽器だからだ。
音を調べる実験装置は、ソプラノリコーダーにポンプをつなぎ、ポンプにつないだ電流調整器で笛に送る空気を調整できるようにしたもの。リコーダーの先に騒音計を置き、騒音計はパソコンとつないでリコーダーの音を分析する。ソプラノリコーダーで出せる音はド(C5):523.251Hz〜レ(D7):2349.318Hzなので、ド5(C5):523.251Hz、ド6(C6):1046.502Hz、ド7(C7):2093.005Hzの3音を選び、送る空気の量を変えながら、それぞれの音のピーク周波数と音圧レベルを確認した。
実験の結果、次のことが分かった。ひとつは、高い音ほど吹き込む息を強くしなければ出せないこと。もうひとつは、ソプラノリコーダーも吹き込む息の強さによって音が不連続に変化するが、ある程度の区間(風量にして最低でも8L/分)では安定した周波数で音が鳴ること。
ソプラノリコーダーの出す音は523.251〜2349.318Hzなのに対し、ラムネ笛のそれは3000〜6000Hzと高音なことから、楽器として使うためには現状より低い音が鳴る必要があることも分かった。穴の大きさなどを大きくした低音向けの笛を作製し、実験を行うことにした。
低音笛の音を分析
ソプラノリコーダーで使った実験装置に、ピトー管(流体の流れの速さを測定する機器)を加えて実験を行った。②穴の大きさを10mm、④空洞の大きさを20mm、⑤板の材質をアクリルに固定し、③空洞の幅が10〜20mm、⑥板の厚みが0.5〜1.1mmのそれぞれ異なる低音笛4種類(笛の外径は40mm)を用意した。ポンプで送る空気量を変えながら、それぞれの音を騒音計で計測し、笛の穴の5mm前に置いたピトー管を差圧式マノメーターとつないで風速を計測する。ピトー管が音に影響を与えることも考えて、ピトー管を離して音だけの計測も行った。
実験の結果、次のことが分かった。これまで調べた笛とは違い、ピーク音が不連続に変化することが圧倒的に少なかった。風速(吹き込む息の強さ)の増加とともにピーク音の周波数が直線状に変化するため、うまく風速を制御できれば幅広い音が鳴る楽器となる。低風速域で1000Hz以下の音が鳴った。特に③空洞の幅10mm、⑥板の厚み1.1mmの笛は、ほぼ空気の流れのない3.0m/秒以下の状態で70〜80dB程度の音が鳴っており、これまでの笛と異なる原理で音が出ている可能性が高い。③空洞の幅が大きくなると風速の増加に伴うピーク音の周波数変化の割合が減ることから、音の発生要因は「キャビティ音」(空気などの流れのなかにある“くぼみ”から発生する音)であることが有力だ。今回の実験で安定した音を出すには③空洞の幅は15mm、少ない空気量で音を出すには⑥板の厚みは0.5mmが最適だった。
低音笛の実験で風速制御の重要性に気づいたため、実験装置自体が空気の流れに影響を与えていないかも実験で確かめた。笛とポンプをつなぐ2mパイプや笛の固定装置を取り外したり、固定装置を大きいものに替えたりして確かめた結果、笛に吹き込む空気の流れを狭くして、均一な流れができやすくするべきことが分かった。
鳴る音の原理を探究
これまでの実験で吹き込む空気の量の増加に伴い、笛の音が不連続に変化したり、不安定になったり、響いたりかすれたりする現象が多く見られた。穴の開いた板の固有振動数が原因ではないかと考え、アクリルとアルミの板で解析を行った。その結果、アクリルの板の固有振動数が原因で音が変化している可能性は低かった。アルミの板も不連続な音の変化の原因となる可能性は低かったが、風速16〜28m/秒程度の領域で音が響くことに固有振動数が関係している可能性があった。
また、低音笛の実験で音の発生源として有力になったキャビティ音の周波数fは、文献では次の式で表される。
本当にキャビティ音が発生源なのか、上の式で求めた計算値と、2021年の実験でベースとした基準笛の実験結果で得た値とで、比較検証を行った。するとキャビティ音の周波数の計算値と、実験で得た値は、よく一致している領域が多かった。しかしポンプで送る空気が風速18〜30m/s程度の領域では一致せず、異なる値となっていた。さらに調べたところ、一般的にキャビティで生じる流れではキャビティ内の音響場と自由せん断層(せん断層とは接続方向の流速が異なるふたつの流体が接する時にできる層のこと、自由せん断層は特に自由噴流などの自由な流れでできた層)が相互に作用し自励振動(外力がないところに特定の振動数の振動が発生する事象)が生じて音が発生するが、このせん断層の自励振動には振動モードがある。そして文献で調べたピーク周波数の予測式は、次のとおり。
さらに定在波(共鳴)による音の周波数も文献で調べたが、それは次のとおりとなっている。
St:ストローハル数(流体の振動現象)
f:ピーク音の発生周波数
L:キャビティ長さ
U⁰:主流流速
m:自由せん断層の振動モード数
α:膨張波がキャビティ前端に達し渦が形成されるまでの時間に関する補正係数
β:キャビティ内部で音響共鳴が生じる場合を考慮した補正係数
k:渦の対流速度UcをU⁰で無次元化したもの
M:主流マッハ数、主流流速U⁰を音速cで無次元化したもの
この計算式で求めた値と過去の実験で得たデータを比較検証したところ、次のことが分かった。
ラムネ笛の音の基本原理はキャビティ音だが、空気の自励振動による音と共鳴による音の2種類がある。どちらにどの程度依存するかは、吹き込む息の強さや音を変える要素によって変化する。周波数が風速の違いで不連続に変化するのは、風速増加に伴う自励モードの変化と、自励振動が共鳴側に向かう変化のふたつが原因だ。共鳴による現象は④空洞の大きさを1/4波長とした音で、ラムネ笛から鳴る音は、その共鳴による音に大きく依存する。②穴の大きさが大きいと共鳴による音に依存しなくなることも明らかで、新しい笛のヒントと考えている。
[審査員] 友国 雅章
中村君が小学5年生の時に興味を持った「ラムネ笛」の音についての研究も5年目になる。昨年までの研究で、ラムネ笛の穴の大きさ、笛の空洞の大きさ、吹き込む息の強さなど、音を変化させる6つの要素に着目して細かく測定した。その結果、笛の音が安定するのは吹き込み口の形と空洞の形が影響すると考えられた。
そもそもこの研究は、ラムネ笛の特性を分析してオリジナルの笛を作るのが最終目標である。そこで今回はこれまでの実験データを元に、3Dプリンタで4種類の笛を作製し、その特性と音を安定させる要素を詳しく調べた。音の測定に用いた実験装置は多くの部品を組み合わせて自作しており、中村君が中学3年のレベルを超えた電気と音響に関する知識を持ち合わせていることが判る。今回も多くの実験を繰り返し、笛の形と音の安定性に関していくつもの新しい発見があった。ラムネ笛という単純な構造のお菓子から出る音を、これほど深く追求した人は他にはおそらくいないだろう。このような探究こそが科学の面白さの醍醐味である。それを見せてくれた中村君の今後が大いに楽しみである。
石川県 金沢大学理工研究域フロンティア工学系教授 小松﨑 俊彦
世代を超えて今でも愛されるロングセラーのお菓子として、笛ラムネをご存知の方は多いと思いますが、この笛の音はどのようなメカニズムで鳴るのか、その仕組みを応用して新しい楽器は作れないかと、私が中村さんに出会った当時、小学5年生だった彼がこのテーマを提案しました。音の周波数が風速に依存するので空力音だろうと予想はしていましたが、人間の目で直接的には捉えられない流れと音の現象に対して再現性の悪さが問題を複雑にしました。再現良く実験データが得られるまで装置に改良を重ねるとともに、空洞のかたち、穴の大きさ、材質などの異なる模擬笛ラムネをプラスチック等で作製して非常に多くのパラメータスタディを実施し、笛の音を特徴づける要因を明らかにしました。中村さんの探究力にはとても感心させられましたが、この取り組みを通じて科学研究における仮説と実証のプロセス、再現性確保の重要性への理解も深まったものと確信しています。