千葉県千葉市立新宿中学校

2007年
取材

夏休みの理科室はフル回転

 

失敗や行き詰まりを乗り越えて

風の中に海の香りがする。千葉市立新宿中学校は東京湾の海辺にほど近い。放課後の教室ではジャージ姿の生徒たちがテキパキと掃除をしている。目があうと「こんにちは」と声をかけてくれる。
同校は昨年度(第47回)の自然科学観察コンクールで学校奨励賞(中学校の部)に選ばれた。応募した4作品のうち、2作品が佳作、残りの2作品も最終選考に残るという結果を残している。
正面玄関から廊下を進んでいくと、佳作の2作品『なぜしゃもじにボツボツがあると御飯がつかないのか』と『砂漠にできる波状模様の研究』のパネルが目立つ位置に掲げられていた。今井功先生(指導奨励賞)は言う。「どちらの研究も、途中で失敗したり、行き詰まったのを乗り越えているんです」。では、そのプロセスをどのように見守ってきたのだろうか。
 

正面玄関を彩る花々は生徒が育てている

テーマ選びは短期集中で

新宿中学校では理科の自由研究は全員の夏休みの宿題だ。「私自身、自由研究モードになるのは7月に入ってから」と今井先生が言うように、研究テーマは短期集中で決めていく。理科の授業で「テーマは50個ぐらい考えてみたら」と投げかけるが、数には特にこだわらない。それぞれの生徒がつくってきたリストを見ながら、一人ずつ相談しながら方向性を決めていく。
「たくさん考えてきても全部却下してしまうこともあります。『なぜしゃもじに~』を研究した鶴岡薫さんは最初、『松の葉の裏の気孔のつまりぐあいを調べたい』と言っていたのですが、私は受け入れませんでした。また考え直して、あのテーマを思い付いたのです」
研究が無理な場合には、細密画の提出も認めている。1枚の葉をじっくり観察してスケッチしたものを作品としてもよいが、こちらを選ぶケースは少ないという。

プレゼンで考えを練っていく

夏休みはお盆の時期以外、ほぼ毎日、理科室を開放した。暑さをものともせず通ってくるのは、自分なりにコンクール応募を決めている生徒が多い。
「一人に一つずつテーブルを決めてあげました。いわば指定席ですね。石野真奈美さん(『砂漠にできる~』で佳作)もほぼ毎日来て、そのあたりを砂だらけにして実験していました」
大勢やって来て、机を半分ずつ使う日もあった。実験が夜に及ぶ時は、保護者に迎えに来てもらうなど家庭の協力も仰いだ。行き詰まった時にはその都度の相談はもちろんだが、進行状況をみはからってプレゼンテーションをさせるという手法で、一緒に解決していった。
「プレゼンをやろうとすると、話す前に自分のデータを整理しなくちゃいけない。どこまでできたのか、できていないことは何か、何がわからなければいけないかが、見えてきます」
途中で発表してみると、さらに深く思考するきっかけになる。新たなアイデアがひらめき、次のステップにつながっていくのだ。ほかの生徒が一緒に聞いて、質問したり考えたりすることもあった。
こうして完成した研究は、厚手の表紙をつけて綴じる、インデックスを付けるなど、今井先生ならではのこだわりで応募の準備を進めた。「せっかくの研究ですから、より読みやすくした方がいいですものね」
 

理科室では昨年度の自由研究を閲覧できる

あえて手厚く準備しない意味

「日ごろから実験の技能を高めておかなければ、自由研究だけを急にやろうとしても無理だと思います」と今井先生は言う。理科の授業では2人1組で実験を行う。その時、プリントは配らない。
「私は“黒板に書く派”ですね。それもあまり詳しくは書きません。基本的なことだけはおさえますが、手厚く準備しないんです。そうすると自分たちで考えて準備するようになります」
「試験管を用意する」とだけ書いて、何本必要かはそれぞれが考えるようにするのだ。自分たちで器具を出すから、片付けもスムーズにできるようになる。
「指示をしすぎると、言われた通りにしかできない“指示待ち人間”になってしまう。それでは工夫して実験を組み立てる創造性に欠けてしまいます」

実験レポートを繰り返し書く

自由研究のまとめ方についての指導は特にしない。授業で実験をするたびに、翌日に実験レポートを提出させているからだ。その回数は年間で20回近くにもなる。繰り返しレポートを書くことでまとめる力が身につき、書くことへのアレルギーがなくなる。
「10点満点で8点以上のレポートは廊下に掲示します。張り替えの時はみんな集まってきて熱心に見ていますね。こう書けばいいのかということがわかると、だんだんレベルもアップしていきます。“朝の10分読書”も語彙(ごい)力を増やすために役に立っていると思います」
廊下の壁に並んだ実験レポート。理科室のコーナーにまとめられた昨年度の自由研究の優秀作品。どちらも身近なお手本になっている。
 

理科室前の廊下に掲示された実験レポート

日常の積み重ねが一番大事

理科の自由研究を通して問題解決能力をつけることは人生にとっても大切なこと、と今井先生は考えている。自身も平成16~17年、千葉市立緑町中学校に在任しながら千葉大学大学院で理科教育学を研究した。その時に学んだSTS教育は選択理科の授業に取り入れている。STSとは「サイエンス・テクノロジー・ソサエティー」の略。「ヒトクローン」のように社会的に話題になっている科学技術をとりあげ、皆で考えあう機会をつくっている。
「理科に興味を持たせるには、“わかる授業”をしておくことです。奇抜なことではなく、1時間ずつの授業をきちんとわからせてあげること。授業中、子供の表情をみて、首をかしげている子がいたら『どこがわからなかったの?』と聞いてもう一度説明する。特別なことではなく日常の積み重ねです」
「毎日の授業が一番大事」。この基本を今井先生は改めて教えてくれる。

学校プロフィール

学校プロフィール

千葉県千葉市立新宿中学校
ホームページ
〒260-0025 千葉市中央区問屋町1-73
電話 043-241-5887
児童数=272人 1年=3クラス、2・3年=各2クラス 特別支援学級=6クラス
今井 功

今井 功先生(45歳)
1年学年主任

学校のある千葉市中央区は市の中心部に位置し、県庁、市役所をはじめとする公的機関が集中している。新宿中学校はJR京葉線の「千葉みなと」駅から徒歩10分ほどのところにあり、近くには千葉港、千葉ポートタワーや千葉県立美術館がある。学区は広く、千葉市の中心部に居住する子どもたちが通っている。臨海部にある同校は人口のドーナツ化現象により在籍生徒数が減少していたが、近年マンション建設などで再び増加しつつある。教育目標は「自ら学ぶ意欲を持ち 健康で 明るく 心豊かな 生徒の育成」。

千葉県千葉市立緑町中学校

2006年
取材

研究のテーマ案は1人100個!

 

科学の世界へようこそ!

まるで、カラフルなおもちゃ箱! 緑町中学校の理科室前には可愛らしいマペット達、カブトムシやクワガタの模型などが並んでいる。それぞれのコーナーには「動物らしい動きってどんな動きなんでしょう?」「ムシキングを科学する」などの問いかけがあり、思わず、足を止めたくなる。
そして、理科室の扉にはこう書いてある。「科学の世界へようこそ!」。
このワンダーランドの主(あるじ)が、昨年度の自然科学観察コンクール・指導奨励賞(中学校の部)を受賞した古市直彦先生だ。

ひとり100個のテーマ探し

同校は伝統的に理科の自由研究「ひとりいち研究」に力を入れてきた。夏休みには全員が必ず1つの研究を完成させる。ここに古市先生はじっくりテーマ探しに取り組むというプラスアルファを加えた。
「身のまわりのことで、自由研究のテーマになりそうなものを思いつくだけあげてもらい、その中から絞り込んでいく方法です。まず、5月上旬までに25個、さらに6月上旬までに別のテーマを25個考えてもらいます」
できるだけ具体的なテーマがいいこと、小学生レベルの観察、やりつくされたテーマは避けることなどを最初に説明する。
「最後に、新たな50個を7月上旬までに。これで計100個です。1カ月ごとに3回の締切りがありますが、最後の50個が試練ですね。でも、皆、よく考えてきてくれますよ」
 

「ひとりいち研究のテーマを考えよう」の
プリント

5個に絞り込んで先生と相談

夏休み前には100個のテーマを1つに絞り込む作業が待っている。まず、「中学生の研究として面白みのあるものか」「レポートが30~40ページ程度書けそうな内容か」などのポイントに照らし合わせ、自分で5つまでテーマを絞る。そして、一人ずつ先生と相談。こうしてようやく自分だけのテーマが決定される。
「数にこだわっているわけではありませんが、数さえあげてくれれば、いいテーマを見つけやすい。その子の好みもわかります」
古市先生が顧問を務める科学部では、さらに上を目指し、全員で1000個が目標。
「この中の1つが科学部の研究テーマになります。部員は7人なので、ひとり150個弱。このほかに自分用に100個考えるから大変です」

好きな分野から理科にアプローチ

古市先生は、一昨年の夏、米・ハーバード大学の教育大学院で1週間、研修を受けた。ソニー教育財団の海外派遣の一員に選ばれたのだ。
「一番、印象的だったのは『マルチプル・インテリジェンス』という考え方でした。ハワード・ガードナー氏が提唱しているもので、多重知性と訳されています」
インテリジェンスには言語的知性、空間的知性、音楽的知性、運動感覚的知性など8つの特性があるとする考え方。「ひとりいち研究」のネタ探しにも、マルチプル・インテリジェンスが使えるのではないか、と古市先生はひらめいた。
「理科が好きではない子供も、国語や音楽、美術など興味を持てるジャンルからなら入りやすいかもしれない。生徒の多様なひらめきを引き出すためにも、いろいろな分野から理科にアプローチしてもいいのかな、と思うきっかけになりました」

「ドリーム・ボックス」でネタ探し

ここで、古市先生が見せてくれたのは、理科室に置いてあるいくつもの青い箱。ある箱には卓球のラケットやバドミントンの羽根が、また別の箱にはマッチとキリ、ドライバーなど工具が入っている。
「日常や部活で使うものばかりです。『この箱の中身でどんな研究ができるか、10分間で考えてみよう』という課題を出すこともあります。単純にテーマを探せというだけでなく、具体的なヒントが必要です」
これも“マルチプル・インテリジェンス”の応用編。古市先生はこの箱を「ドリーム・ボックス」と名付けている。
 

発想を広げる「ドリーム・ボックス」

科学とアートとポエムが融合

2階廊下の「さくら通り」


いくつもの教科をリンクさせた掲示物は学校の中でも目につく。例えば、ガラス窓越しに桜並木を望む2階の廊下は「さくら通り」と名付けられ、出窓スペースを季節にあわせた特集コーナーとして活用。訪れた時はバードウイークにあわせ、鳥の図鑑や絵本、本物のメジロの巣、鳥のおもちゃなどが並べられていた。
また、「科学は僕らの横にいる」「理科は全ての原点。」など、理科をテーマにした川柳やポエムを掛け軸にした作品も校内のあちこちに。これも理科と美術と国語を融合させた試みだ。
「ひとりいち研究のテーマを見つけるためには、図書室やコンピュータ室を使ってもいいし、ドリーム・ボックスを見てもいい。理科室には過去数年間分のレポートを置いてあるコーナーがある。先輩や友達の作品を見ることもヒントになります」
学校の中は研究のネタやヒントの宝庫だ。

コンクールへは選抜したものを

さて、夏休みが明けて提出された自由研究は、1週間かけてじっくり読み、相応のレベルのものにはコンクールへの応募をすすめる。千葉市総合展(理科部門)への出品のほか、県レベル、全国レベルの各種コンクールに子供の希望に応じて応募する。
自然科学観察コンクールへの応募は、実は昨年度が初めて。初挑戦ながら7作品のうち、2作品『なぜ雪はほかの雪を付着しながら大きくなるのか』『古い汚れた雑巾が乾くとかたくなるのはなぜか?』が最終選考まで残った。

自然の面白さを感じてほしい

「ひとりいち研究」は年度の早い時期からスタート、「テーマの見つけ方」「レポートのまとめ方」などの詳しいプリントを配付し、きめ細かく生徒をサポートしていく点に特長がある。
このプリント類は希望者にCD-Rで渡しているという。緑町中学校は千葉市の理科教育センターも兼ねており、市全体の理科の先生をサポートする役割も担っているのだ。
「『できた!』『まとまった!』という気持ちをもたせてあげられるよう、どうアドバイスするかに心を砕いています。悩む時期があるからこそ、やりとげた達成感もある。あまり構えず、自然て面白いな、不思議だな、うまくできているなと感じてほしいと思っています」
肩の力を抜いて理科を楽しんでほしい。古市先生はそう願っている。

学校プロフィール

学校プロフィール

千葉県千葉市立緑町中学校
ホームページ
〒263-0023 千葉県千葉市稲毛区緑町2-3-1
電話 043-241-4131
生徒数=310人 各学年3クラス
古市直彦

古市直彦先生(45歳)
研究主任
千葉市理科教育センター主任

千葉市立緑町中学校の周辺は千葉大学をはじめ、教育機関が多い文教地区。学区の大部分は閑静な住宅地だ。かつては稲毛海岸が近くに広がり(現在は埋め立てられている)、明治時代から昭和30年代にかけては文人たちが訪れるリゾート地として知られた。 同校の校訓は「自主・寛容・錬磨」。25年前から他校に先駆けて「朝読書」を実施、現在も8時から20分間の読書タイムを設けている。1単位時間55分、1日5時間授業を柱に、学校環境の充実をはかっている。校舎の周囲には55本の桜並木があり、満開時の休日は学校を地元住民に開放している。

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